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2011年1月3日月曜日

クリスマス@ツール

アンボワーズ
 最後は、パリからTGVで2時間、ツールを拠点としたロワール川周辺の古城です。
アズディン君の車で1日かけて回りました。

なかなか秀麗なつくりなのですが、だんだんどれもまあ同じに見えてきて、3つも見ればもういいかとおなか一杯になってきます。

個人的には、京都の二条城の方が好きだなあと思ってしまったり。
シュノンソー。なぜかU田君に遭遇。

今回は、雪による交通機関の乱れが直撃したこともあり、旅程変更を移動中に行うという、やや難易度のあるものとなりました。ただでさえ、寒さや移動の疲れで消耗しているところに、ホテルや電車のキャンセル、再予約などの事務で、アタマがエネルギーを使ったため、なかなかしんどかったです。

旅行先でもインタネットが使える環境があることは大事だと実感しました。USB型の接続器具とパソコンを持参していたので、ホテルのキャンセル料も1日目だけで済みました。電車も、変わった旅程にあわせキャンセルし、新たな予約をしたものについては、ホテルのフロントにメール添付でEチケットを送ってプリントアウトしてもらうなどの方策をとりました。
シャンボール城

クリスマス@パリ

シャンゼリゼ通りと凱旋門
パリもキレイでした。でもどちらかというと、モンペリエにはない日本人街で、日本食と仏和辞典を手に入れられたことがうれしかったです。

12月24日21時丁度

エッフェル塔1Fからシャンドマルス公園を望む

クリスマス@ストラスブール

 こちらも美しかったです。本来2日滞在予定でしたが、雪の影響で1日しか滞在できなくなり、S水さんには会えませんでした。
窓口やホテルマンなどの対応を見ても、外国人にとって、大変住み安そうな街でした。これも、モンペリエと大違いです。

首尾よく案内をしてくれたU田君に感謝します。

クリスマス市@ドイツ

 ドイツのクリスマスマーケットを見に行きました。シュトゥッツガルトというところです。

小さな露店がそれぞれに凝った装飾の屋根を持っており、夜になるとまばゆいばかりの電飾を伴って、幻想的な雰囲気となります。そのような店舗が300以上集まっているというのですから、にぎわうわけです。ここにたどり着くまでに、雪の影響で飛行機フライトの取消し、代替手段としての電車も4時間遅れなど、大変な目にあいましたが、見られてよかったです。

2010年11月6日土曜日

観光案内@パリ

小学校ー高校の幼馴染がツアー旅行でフランス北部に来るというので、自由行動の2日間(ちょうど学校が休みだったので)、案内をしてきました。

←写真の中心が当該女子。その他お二人はその大学時代のお友達。


ルーブル、オルセー、雑貨屋、マルシェ、スーパー、など希望の地を一通り回れ、それなりに満足してもらえたようです。

とはいえ、モンペリエ在住者にとっては、パリは半分外国のようなもので、迷うことも多かったです。反省

2010年9月3日金曜日

Barcelone

モンペリエから片道4時間半でスペインバルセロナへ。

遺憾なことに、
国境沿いの駅で停車中、用を足していたらパスポートコントロールに入ってきた警察に






「ポリーース!!!」(ドンドンドンと扉をたたく音)
と追い立てられました。信じられないことばかり起こるものです。

フランス・スペイン間でのレール幅の差にあわせた電車の車輪幅変更も体験しました。

カタルーニャ自治州の州政府があるまちバルセロナといえば、サグラダファミリアとグエル邸です。
また、ここではスペイン人、というよりも、彼らは、カタラン人という意識が強いことが分かりました。

2010年9月1日水曜日

Monaco



バチカンと同じく大変小さな国であるモナコですが、これもニースから1ユーロでいけてしまいます。
そのバスの運営主体は、コートダジュールの州議会となっています。モナコやバチカンといった極小国の行政執行体制は、日本の小規模町村の在り方を考える際にも、興味深いです。
(バスで言えば、ほかの国の自治体が業務を補完しているという状況です。きっと水やガス、電気なども同じなのではと)

2010年8月26日木曜日

Nice and Eze

ニースは、モンペリエとは一味違った高級感ある土地柄を感じました。エズ村まではニース市内から1ユーロのバスで行けてしまいます。確か運営主体は州だったと思いますが、観光への力の入れようが感じられました。

ニース駅周辺で、黒人に追いかけられたので、ニース駅周辺でケンタッキーのふくろを下げて歩くのはやめましょう。クレクレ君が怒号を上げながら追いかけてきます。危険。

2010年8月25日水曜日

Rome and Holysea

ローマは出張以来2度目でしたが、夜のバチカンをはじめ、文化遺産の偉大さに心を打たれました。

一方で、実生活面では、ホテルなどの従業員教育の不徹底、列車や飲食店の劣悪な環境、乞食の多さ、英語が全く通用しないなど、とても日本のレベルに追いついていません。過去の遺産を食い尽くしながらなんとか生きている街という印象でした。

2010年8月16日月曜日

Duomo in Milano

500年かけて建築されたゴシック式の大聖堂です。バチカンやスペインの聖堂についで3番目の規模だそうです。銅像は、ヴィットーリオエマニュエーレ2世

Flower carpet in Brussels

ベルギーからはじめた欧州南進計画、まずはブリュッセルのフラワーカーペット。グランプラスはとてもきれいでした。世界遺産というだけあって、とても感動しました。

2010年8月2日月曜日

Saint-Laurent-d'Aigouze

Saint-Laurent-d'Aigouzeへ3泊4日で招待されました。
不動産屋の兄ちゃんの彼女の実家、農場の民宿です。

ザ・南仏、という感じで、みなさん幸せそうでした。

じいちゃんは、92歳。ドイツと兵役で戦ったそうです。

2010年7月30日金曜日

トゥールーズ

日本語学習希望者のフランス人と言語交換しに、なぜかトゥールーズまで行ってきました。
2泊3日でした。
へとへとになったので、詳細は来週書きます。
というのも、今日はエグモルトという都市の農家に泊まっているからです。意外にネットがいけました。不動産屋の兄ちゃんの恋人の実家なのですが、つれてきてくれました。日本に遊びに来たいから今のうちに恩売り+何かのつぐないのつもりのようです。

トゥールーズでは日本茶屋と日本料理屋、byジャポネがありました。
「おおきに」というお茶屋さんでしたが、京都出身の方が経営されております。やはり日本人がお客で多いのですが、お互いなぜか日仏両様で会話してしまい、奇妙でした。
久しぶりに飲んだ「久保田」のストレート25cのおかげで臨死体験しました。

2010年1月7日木曜日

航空券

ライアンエアー

 激安の航空会社の1つです。
 先日、フェルナンドから教えてもらいました。
 安い。
 モンペリエ→ブリュッセル(ベルギー)が、14ユーロ。 とか。

 彼は、これを利用して、冬休み、ドイツ、チェコ、オランダ、イタリアとイギリスを旅行したそうですが、全部で5万円くらいだったそうです。一番高かったのが、パリーモンペリエ間のTGV(新幹線)代とのこと。

 フェルナンドの嗅覚に万歳。

 EU統合政策を学ぶ上で、スペイン、アイスランドやギリシアにも行きたいのですが、こうした航空券を用いれば、交通手段は安く上がりそうです。
 
 とはいえ、渡航先に制約があるため、この3カ国はいけません。

シェンゲン条約(≒EUの間ではほとんど国境がない)との整合性をどのように理解すればよいのか、まだよく分からないのですが、とにかく、地理的にもパリより近いバルセロナに行けないという現状です。

 アイデンティティの授業で頻出のバスクやカタロンにもいけません。

 先生「当方、カタロンにいったことがありますか」

 当方「いえ。」

 先生「このテキストを理解するには地域のことをよく知らないと難しい。ぜひ一度訪れなさい。ここから遠くない。それまではマップで確認するとよい。」

( 当方「はい。しかしーそのー旅券上制限が云々」 )←ここ妄想

 となります。

2009年12月29日火曜日

モンペリエのクリスマス風景

コメディ広場

オペラ座のライトアップ(◎o◎)







シャンドマルス広場

クリスマスマーケットの電飾



・・・これらすべて公共施設と思われる。








ガレット。
(゜Д゜)ウマー


店のおじさん、いかにも田舎の農夫な感じでGOOD。

2009年10月11日日曜日

アルル、エグモルト













アルルのサンルイの銅像、エグモルトの塩山、町並みはアルル。これは2ヶ月前かな。

2009年8月3日月曜日

カルカッソン


城壁の中にあるレストラン。「カスレ」なる郷土料理。こってりしていてなかなかの美味。







伊太利人のルカ(23歳)よく行動を共にしている。欧州人としては、おとなしく、日本人にとって親しみやすい。ドイツ語、イタリア語、英語がペラペラ。なぜかフランス語は当方より1つ下のクラスだが、日常会話に支障はない模様(勉強始めて4カ月らしいが・・・)

(19世紀以降の政治と倫理の関係をテーマに哲学を学んでいるそうで、デリダについて議論したり。ベルルスコーニはカトリック教徒を愚弄していると怒ったり。)


カルカッソンの城壁。外からみたところ。
~難攻不落の要塞と化していく。11~12世紀には領主のトランカヴェル伯爵がカタリ派に友好的だったためにアルビジョワ十字軍に攻撃され、水路を断たれて屈強な要塞も15日間で落城、フランス国王に献上された(フランス観光開発機構オフィシャルサイトより)
小田原攻めを想起させる城。