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2011年2月2日水曜日

「近さ」の概念

こそあど言葉、フランス人にとって身につけるのが難しい表現の一つです。


「それじゃあ、今日は、その辺で」

とスカイプのあちら側にいるオレリアン君がいうので、

「それは、「この辺で」だね」

と訂正したら、違いの説明を求められました。


一般に、これ、は自分の領域、それ、は相手側の領域を指すとの説明だと、
「だけど、スカイプで話しているので、距離は離れているのに、「この辺」なの?」
との由。

確かに。。。
当方としては自然に、同じ場所でスカイプを共有して会話しているから、「この辺」、だろうと思ったわけですが、距離が離れているといわれると、彼の疑問もわからなくはないなと。


ここでいう近さというのは、「物理的な距離の近さ」というよりも、「支配可能性」なのではないかと思いました。
例えば、近くにいる同僚が、「その辺でやめときな」と注意するとしたら、それは、画面から遠いということの裏に、自分の支配領域にない、操作可能性が無いということを含むのかもしれません。

フランス語では、その辺は(←支配可能性が無い)あまり厳密ではないように思います。

しばしば少しだけ日本語を勉強したフランス人に、「日本語は(フランス語と比べて)簡単だ」といわれることがあります。確かに、複雑な活用の種類も少ないかもしれませんし、多少活用を間違っても問題ないでしょう。

しかし、日本語の話し手にとっての難しさとは、相手との関係性を見極めながら、近づいたり、離れたりする日本文化の理解が、不可欠な点にあるのだろうなと改めて思いました。

2010年11月17日水曜日

胡蝶の夢

時々、分からなくなることがあります。
いったい、こんなにも違う文化の国と、どうやってかかわり続けていけばいいのだろう、と。

日本人であること、慎み深く、他者を思いやり、和をもって尊しとなす。これらすべてかなぐり捨てれば、「フランス人らしく」なることができます。

しかし、今度は、日本に帰ったあと、「日本人らしく」元通りに戻れるのか、不安になりそうです。

そのように逡巡して、ふと、高校で学んだ荘子の「胡蝶の夢」の一節が想起されました。

・・・知らず、周の夢に胡蝶と為れるか、胡蝶の夢に周と為れるかを・・・
(全文その他)


無為自然、生々流転に惑わされることなく、万物斉同の世界であるがままに行きたいと思います。



2010年11月7日日曜日

語学学校が封鎖・・・

年金改革のストライキ、まだ続いています。
法律案が国会を通過しても、やめないようです。

おかげで、語学学校のある大学も時折閉鎖(学生がバリケードを張る)となり、大変迷惑しています。新聞によると、フランスの学生も「勉強したいのでやめてくれ」といっている人もいるようです。



国家に対峙するフランス社会の強さは賞賛されることだと思います。
しかし、財政的に見て、年金少なくするか・税金増やすか、の選択だろうと思うので、反対を続けるだけでは、混乱が生じるだけですね。

他方では、退職年齢の問題は、「働くとは何か」「人生って何のため?」という問いにも触れてしまうので、和解が難しいのかもしれません。


・・・とはいえ、ボクの貴重な仏語学学習の時間を奪われるのは遺憾です。

2010年9月13日月曜日

フランス人大家

敷金を返さない大家とか

(フランス人に負けないためのアドバイス)


まあ、日本人の築いてきた社会に日本人はもっと誇りをもつことが可能だと思い知らされる経験、といえば聞こえはいいものの、最近では、この手の大家、不動産屋との関係には、機関銃握り締めて「快感」といってみたい気持ちになることもしばしばです。

係争中なので、詳しくは書きませんが、全て終わったら、書きたいと思います。
果たして留学中に終わるのかは、自信がありませんが・・・


あえていえば、この留学の目的である

「国際化に対応するために必要な研究に従事」
「国際活動に必要な能力の育成」

という美辞麗句には、とうてい収まりきれない、魑魅魍魎の跋扈する異界で、如何にして生き残るのか、ということが求められるのが、フランス留学に伴う生活なのです。

・・・と、ここまで 書いて、大学の入学式を思い出しました。
学長はフランス人と結婚したフランスに関する研究に従事する方でしたが、入学式の式辞が極めて難解な上にひたすら40分間くらいしゃべり続けたことが、ニュースステーションでもとりあげられていました。

当時は、いいたいことはなんとなく分かる、程度で、ただただ、学長のいう「齟齬」の意識の谷底からその知的世界を垣間見るのが精一杯でしたが、今なら具体的体験によって理解することが出来ます。

(全文はこちら)

今日、いたるところで問題となっているあの「国際化」という言葉を真の体験として生きるためには、おそらく、相対的な若さとは異なる「驚き」への感性が必要とされます。国際的な相互理解などという美辞麗句に、間違ってもだまされてはなりません。
その言葉が美しく響くのは、観念の領域にすぎないからです。実際、具体的な国際性とは、野蛮と呼ぶほかはない不幸な推移を示している現在のコソボ情勢がそうであるように、無数の差異がまがまがしく顕在化される苛酷な空間にほかなりません。そこでは、たえず齟齬感や違和感の的確な処理が求められ、さりげなさを装った外国語での流暢な会話能力など、いかほどの役にもたちません。
国際的な交渉の場で要求されるのは、いま、この儀式の会場にはりつめているような緊迫感にたえつつ、いくえにも交錯する隔たりの意識を丹念にときほぐしながら、なお、言葉を放棄せずにおくという執拗さにつきております。その執拗さが差異への敬意を欠いた場合、「国際化」などという概念は、たちどころに抽象化され、意味を失うほかはありません。
大学も、たえずそうした抽象化に陥る危険をはらんだ環境だということを、あらかじめご理解ねがいたい。


「差異への敬意を失わないこと」も「執拗さ」も、ともに難しいということを、今になってようやく気づきました。ありがとう。蓮実先生。

2010年8月5日木曜日

再会

同期のS水さんに会ってきました@エクサンプロバンス

神林というオトコが去年ホームステイで世話になったところを紹介され、1週間滞在しながら南仏で語学をブラッシュアップするそうです。

ちょうど到着後1日目ということもあって、街を歩きがてら長々と5時間くらい会話し続けました。内容は、もちろん大学院での学業の遺憾ぷりが大半を占めていました。

また、彼女は北国の血が流れているとはいえ、やはりストラスブールは寒いそうです。冬マイナス15度のときは、外出後即頭痛がしたそうで。 まあ、今の時期、南仏でも、帽子ナシで出歩くと即頭痛がしますが・・・どちらも危険です。

彼女がすんごいのは、共働きのため当時1歳弱の子どもをつれて単身渡仏し、大学院での学業をクリアしてきているところです。保育ママや預け入れ先を頼むだけでも大変なうえ、彼女の大学院は実務家講師がいるため、早朝授業が十分な事前予告なく入れ込まれるそうで、出席点もあるため、柔軟に対応できる保育ママの確保が必須とのこと。

その点、出発前には旦那が育休とってついてくるという話だったので、聞いてみたところ、会社の理解が得られなかったようです。ちょっと時代錯誤なことまで言われたようで、あんまりだなあ、これじゃあ入社希望者が減ってしまうだろうし、社会のためにもならないなあという思いで一致しました。

私からは、先日4Fで働く萩原・某第3係長からもらった「せんとくん」のマグネットカレンダーを1枚プレゼントしました。よろこんでもらえたようです。ありがとう。ハギー。

2010年7月17日土曜日

1年

今日で渡航してから1年になります。

1年振り返ればいろんなことがあり、苦しかった思い出の方が、今のところ多いです。
仏語については、その苦労のおかげで少しは聞き取れるようにはなり、コミュニケーションも円滑になりましたが、次の1年で更に頑張ります。
中級仏語力で大学院に行くという、竹光で米軍を相手にするかのような真似をしたわけで、留学前にせめて今程度の語学力があったら・・・と悔やまれるのですが、まあ、帰国までにとにかくもっとしゃべれるように努力します。

南仏は太陽だけでなく、トラブルや不便・不快なことも日本に比べて多いので、思ったより住みづらいというのがさしあたり感想です

国内留学ならこんな苦労はしなくてすむのですが、結局「虎穴にいらずんば虎児を得ず」 といったところでしょうか。

2010年7月10日土曜日

火事

下の階で出火

黒い煙が噴出し、玄関から逃げようとしたが、玄関開けたら
激しい煙が家の中に。
→逃げられず。

結局、建物の入り口に置かれていたベビーカーが燃えた(らしい?)
誰かが放火したのだろうか。

しかしながら、
警察→10分後
消防→15分後

に徒歩で、悠然と到着。


おおいおいおいおいおいおいおいおい、
死ぬ。


日本の消防の感覚で5分後にはくるだろうと
思っていたのに。

しかもポケットに手を突っ込んでいました。
まだ煙が上がっていて、部屋の中では息ができないので、ベランダにいるのに

「火事はしたのほうだけだから、大丈夫だぜ!」

とのんきなコメントを下から叫び、さっていく警察官3名。

仏蘭西、やばい。

2010年4月11日日曜日

Pen Friends

最近10人くらいのフランス人ペンフレンドができた。

たいていポップカルチャーかハマサキアユミ、xジャポンのファンである。

日本大好きとはいっても、日本語ができるわけではなく、彼らのメールは全てフランス語。当初、そこに若干の違和感。

当初のメールには「日本語を勉強したいと思っている」ようなことが書いてあるのだが、なぜか大量のフランス語メールが常に届いている。

・・・とはいえ、「おフランス好きざます」系日本人がフランス語でコミュニケーションできるかといえば、そんなことはないなあと思って、思い直す。

やりはじめてみると、これがなかなかいい作文の訓練になる。

相手は母国語なので、あっという間に大量の文章を書いてくる(日本に熱意があるので)が、こちらがその内容に返答を考えることは、
1 フランス語の能力
2 ポップカルチャーを含む日本の知識
3 有益な情報提供サイト検索能力(和仏両様)
などが必要とされ、なかなかタフである。

このほか、相手との間合いの取り方もよく分からないので、日本人としてはこれも気を使ってしまう。

先日はその中の1人、おとといはもう1人とバーチャルで交流したが、いい人たちだった。

一方で、かなりオタクな人も多い。

「PCゲームやそこから派生したアニメが好きです。」

といわれても、とりあえず、そのーどうやってー返事したものかーですね?
ぼくもフィギュアとか何体も持ってます、とかいわなきゃダメだろうか。(non je n'en ai jamais)


そういえば、夏の語学学校で一緒だった日本人の女の子が曰く

「フランス人男性で日本に興味があるのって、フランス人女性にコテンパンにやられて、やすらぎを求めていることが多いように思います」

との由を思い出した。

。。。つまり、

現実の女性(フランス)に絶望→ アニメ or 日本女性

か???
それって、まさに、日本のヲタク道の方に対する私のイメージとぴったり重なるのですが。

日本人男性ヲタク   → 日本人女性、 というのはレアなケースですが、

フランス人男性ヲタク ←日本人女性  は結構需要があるようです。


ポップカルチャーおそるべし。


ところで、まじめな学生なんかとは、日仏文化の比較で議論になります。よくあるのは、働き方の問題で、両者両極端であること、つまり日本は働きすぎ、フランスは働かなすぎ、中庸がいいね、という。日本では「再チャレンジ」なる言葉もはやったくらい基本的な発想は一度失敗=さよならですが、フランスでは幼稚園から留年がありますし、大学も留年するのが当たり前な勢いで、失敗は許容されているわけです。

この差にもかかわらず、いきつく趣向が「ヲタク」とは何故であるか。これが本稿の課題である。

フランスでは大変に個性とか多様性とかを重んじているわけです。一方、日本では常に答えは所与のものとする傾向があり(4択問題が主流など)、厳しく個人を律することを重んじます。

仮説としては、日本の方が、夢の世界を作り出し逃げ込むことへの「差し迫った必要性」が高いのではないだろうか、たとえば「いやし」ということばを作り出すのもその1形態と位置づけられるのではないか。

他方、フランスでは(ポップカルチャーを)作り出す能力は低いので生産者としてでは適していないが、個性豊かに生活する結果として生まれる一定数のファンタジー好き集団があるのではないか。さらにフランスが多様性を許容することにより、日本と違って彼らはフィギュアを握り締めていても白い目で見られることもないため、居心地よく生き延びられるのではないか。

*実際、日本のニートやフリーターについて、フランスでは

 「圧迫的な日本社会と個人の権利を賭して戦う存在」としてアツいまなざしを向けられています。

文脈が異なりますが沖縄などもフランス人は大好きです。アメリカと戦っている日本人イイ!、みたいな感じです。


・・・なにはともあれ、わたしとしては奈良京都などの伝統文化をお勧めしていますが、プロモーションとしてはポップカルチャーを媒介にしながらフランス語作文とその文化について半強制的に学ぶいい機会にはなっております。

2010年4月3日土曜日

日本語学習サイト

エリンが挑戦!にほんごできます(ココ)

国際交流基金、やりますね。
(外務省所管の独立行政法人)

日本語を勉強したい!というフランス人に、どこか有益なサイトを提供したいと思う日本人は多かろうと思います。こういうのがあれば、彼らの助けになると思います。

イギリスはBBC、フランスはTV5モンドといったサイトのみならず、フランスでいえば日仏学院、ドイツならゲーテインスティチュート、イギリスはブリティッシュカウンシル、更には中国も孔子学院なる語学学院の開設を頑張っているらしい(参照)といった具合に、外国人学習者向けに有益なサイトなり学校なりを公的に提供しているわけなのです。

せっかく日本に興味を持ってくれる外国人がいるのなら、日本語も頑張ってほしいです。もちろん広大な旧植民地国を持つ欧米ほど税金を投入するのかというとそれには及ぶべくもないでしょうが、また戦略的華僑文化圏拡大を目論む中国との競争というのもちょっと違う気がしますが。

そういえば自民党の外交力強化特命委員会でもそんなようなことが取り上げられていました(参照。7枚目です。「美しい国、日本」・・・)。このエリンも十分貢献してくれるでしょう。


〔追記〕

その後、とある関係者のM原氏から、N●Kにも外国人向け日本語勉強サイトがあるとの指摘がありましたので、ここに掲載しておきます。森H君ありがとう。

Learn Japanese Online - NHK world

フランスの郵便局のありえなさ加減といったら

洗濯物のぽっけにボロボロ紙を発見したような屈辱感とでもいうべきでしょうか。


また荷物が不達

amazon.frで購入し10日以上届かない。

購入元のアマゾン出店業者に問い合わせると、


郵便局の追跡サービス上は

「ポストに投函しました」

となっておりますので、なければ隣の人か配達人に聞いてみてよ。

との反応。

いやいやいやいやいや、来てないし。隣の人って。
これはこれでありえない。


これで3回目やねんぞ。
ひとまず配達人あてに張り紙をポストにしといた。


「配達人さま

うえの追跡サービス(打ち出し)に反してポストに発見できなかったのですが、どこに配達したのか、教えてもらえませんでしょうか。

ムッシュ当方」


しかし、無視。

こねんなったらもう郵便局の責任者に手紙かいたるで。

日本ではこげんこつばおこらんとですたい。
←フランス初心者的発言。しかしいいたい。いや、いわせてくれ。


公務員たたきが蔓延しているジャポンですが、日本の公務員が嫌いな方は、一度フランスにお住みください。

日本の公共サービスの質の相対的安定性にココロ打たれること請け合いです。

国家公務員、県庁職員、郵便局員、駅員、いまんとこ正直私が面接官だったら一発不採用な人ばかりです。(後2者は民間になりましたがジャポンでは)

2010年3月23日火曜日

お勧め歯ブラシ

キスユー(参照)

これ、すごいです。使い始めてから、ずっと歯がつるつるしており、朝起きたときも口の不快感がありません。なお、歯磨き粉が不要なので、経済的でもあります。

留学先で歯科治療に懸念のある方、業務が多忙で歯科疾患に懸念のある方など広くお勧めできます。はっきりいって電動歯ブラシより有能かと思われます。

ほかの人のブログでも紹介されています→(参照)

2010年3月19日金曜日

Final Fantasy 13 en France

ドイツの同期から、余暇にファイナルファンタジー13を楽しんでいる旨の連絡がありました。
欧米では3月9日オンセールだったのです。(英語吹替のため?)


今日は、FF13を通したポップカルチャーの影響についての一考。

フランスでは、「AKIBA」という店があったりMANGAがとても人気だったり(もちろんサムライも人気。昨日はテレビでたそがれ清兵衛の字幕版を見ました)、日本ポップカルチャー人気は高いので、本件についてのアマゾンフランスでの評価を調査してみました。


(最新のコメントから)

Fan de la première heure de la série Final Fantasy, je peux dire après avoir joué à ce 13ème volet que la magie est toujours là.
Elle est présente différemment mais le jeu à mûri, au détriment de la qualité de réflexion peut être.
En effet, ce jeu axe son intérêt sur le scénario très profond et adulte, afin de plaire à ceux qui hier étaient jeunes et sont aujourd'hui plus âgés mais d'autre part sur la simplicité pour les néophytes. Afin de mettre tout le monde d'accord, le système de combat est une pure merveille (bien que lente à devenir fonctionnelle).
Ce Final Fantasy XIII est donc un jeu fédérateur, qui permet à chacun de retrouver une partie de ce qu'il aime.

A n'en pas douter il ne plaira pas à tout le monde mais il est inenvisageable de passer à côté d'un tel jeu.


(試訳)

初代FFからのファンです。FF13をクリアした今いえるのは、FFの魅力は変わっていないということです。変わった部分もありますが、多分試行錯誤(訳註:レベルアップのための戦闘や目的地を見失ってさまようというRPG特有の一見無駄とも思えるしかし自由度の高さが魅力の部分を指しているようです。)と引き換えに大人向けのゲームになっています。というのも、FF13はより深遠で大人びたシナリオにその関心をすえているからであり、それというのは以前のシリーズをプレイしたころは子供だったが今では大人となった人達を楽しませるためです。他方では新参者のための単純さも志向しています。この両者を満足させるため、戦闘システムは純粋に優れたものになっています。(機能的になるには時間がかかるけれども(訳注 :おそらく、はじめて戦闘に入るのがシナリオ進行が進んでから、ということを意味しているのかと))
そういう意味でFF13は統合者であり、誰もが愛着を持てる部分を与えてくれます。すべての人の意にかなうことがないのは間違いないけれども、こんなゲームを逃すのは考えられないことです。
  ・・・・

言葉や文化が違っても、この感想を読む限り、その感性に共感を覚えます。ゲームの中にこめられたメッセージが取り持つ世界と日本。

日本の前政権の首班の手になる著書に示されているように(欧米の有名な選手の中にも、サッカーをはじめたきっかけが「キャプテン翼だ」という人がいる)、実際、将来の大人たちが日本のメッセージを受け止めてくれていることで、確実に日本の放つ影響力は増していると感じています。

2010年3月16日火曜日

フランス絵本(Une nuit, un chat)

絵本ー「夜と猫」

 絵としては幼稚園児向けでも、台詞の読解は小学低学年といったところでしょうか。それでも知らない単語が5つくらいありました。嗚呼無残なアラサー男と仏人はいう。ネイティブからすれば小学生なのです。ハイ。

とはいえ、絵本といえども言語学習はもちろんのこと感性の涵養には重要な役割を果たします。この本に関してこんな論文もあります。

「ドブネズミによる犯罪というよりも、気づかれずに行われる父親による助けによって少しずつ息子が自律していく物語」
「字面と絵の間に現れる「影」の絵は、読者自身に自発的解釈をゆだねるものだ。」
「絵本の風景は、フランスの大都市の文化的な風景を描写している」

というわけで、自分の勉強もかねて訳出してみました。絵がないと分からない部分は想像で補ってみてください。

<以下、試訳>

毎晩、グルショ(主人公の子猫)はベッドでいい子に過ごしていました。でも、今晩は不思議な力で動かされたのです。屋根裏を乗り越え、一人で外へ出かけるのでした。
 両親はこのときを待っていました。
「やったわ。出て行く音を聞いたわ。」
「ああ。わたしもだ。ついに今夜か」
すべての猫の両親は、こんな夜―わが子が初めて一人で出かける夜―を不安に待っています。
かわいそうなわが子が迷ったりやしないか、屋根から落ちて、穴に入り込んだりしないか。最悪なことに、すでにたくさんの子猫を貪り食っていたドブネズミがその地区をうろついていたのです。
ところで、猫には、次の鉄則があります。子猫が夜、はじめて一人で出かけるとき、両親はそれをとめちゃいけない。もしそうしたら、それは猫にとっての不名誉、という・・・
  
「でも、あなたアノ子に気づかれずについていってください」
「ああ、誰にも気づかれるもんか。いずれにせよ、一晩中じっと帰りを待つなんて気が狂ってしまうよ」

夜は、楽しく、とても親しみがあり、やさしさでいっぱいです。
グルショは熱狂的で甘くめまいがするほどの弾んだ瞬間を生きようとしていると感じています。夜には、猫達は眠り、本を読み、いちゃいちゃし、散歩し、あるいはお祭りをしています。
その夜、グルショはさえない猫はいないことを目撃しました。

ほどなくして、大きなおかしな影が取り囲みます。グルショは影を恐れません、ただしそれがあまりに大きく、あまりにふつうでない場合を除いて。夜は気まぐれ。ときどき恐ろしい影を意気地のないものに与えてもてあそぶのです。

「グルショです」
「私はキティよ」
「夜一人で外出するのはじめてなんだ」
「あら私も」

ドブネズミだ!

全力で逃げる、逃げる。それしかありません。しかし、戦力は不平等です。幸いにも、ねずみはつまずき、道に倒れこみます。しかし、すぐに立ち上がり、怒りにいきり立ち、また追いかけ始めます。

いきどまりだ、とグルショとキティ。
「君は穴のみぎへ、僕は左へ行くから」

いうがはやいか、ねずみのほうはというと、、ネズミは?ねずみってなんでしたっけ?ええ?もうネズミはいない!(穴に落ちたのですー註:文字にはなく絵から解釈)
「策士よのう、わが子や」(註:影から見守る父猫の描写あり)

「なんて素敵な夜でしょう」とキティ。でも続けて、「そろそろ帰らなきゃ。」 というのも、猫はいつも夜明け前に帰るものなのです。

グルショは彼女を家まで送っていく機会に恵まれました。ハッピーでした。
グルショーとキティはまた会う約束をし、別れました。グルショーは胸を高鳴らせながら屋根へ帰り着きます。
「わが子や!」とお母さん。
「坊や」とお父さん。
「うまくいったの?」
「もちろんさ」
「どこも怪我してない?」
「うん」
「何も大変なことはなかった?」
「なかったよ、ママン。。」

それに、次の夜も出かけるんだ!

おしまい。

フランス童謡

童謡 une souris verte

童心に返って言語を習得するのも悪くない

2010年3月1日月曜日

悪いことは続くもので・・・

1)急性気管支炎を発症しました。

1月以来長引いていた風邪がいよいよ悪化。家賃支払いに出かけ、帰ってきて掃除をした日の夜、息苦しく動悸がして眠れず。翌日病院を訪問。つたないフランス語で受診するも、中国語に堪能な医者でもありスムーズに了。結果左の処方ありて、これまた、各々効用いかなるかを知らざるが故に困惑。チュニジア大使館で、医務官が外国での受診には日本人の容積に適合する薬量なのか判断が難しい(特に子供)などといっていたことを思い出す。ともかく苦しいので飲んだ。すこし楽になった。


(2)インターネット途絶

突然、インターネット回線が途絶。(1)の状況下のため、苦悩するも前進すべくモデムをもって近くのオランジュ(フランステレコムショップ)へ駆け込む。事情を説明し、検査してもらうもモデムの問題ではなく、3900のカスタマーセンターへ電話するように言われる。無機質な会話を電話越しにすることは、外国語話者にとっては、実は相当に辛い。ロンドンの同期上野君もいっていたが、目の前の外国人との意思疎通は言外の表情、しぐさなどから総合的に可能だが、電話では音声しかない。インターネット接続の説明などいかにやはせむと思いつつも、電話し、なんとか、テクニカルサービスを呼ぶことに成功。(本日開通。理由はよく分からないが、説明によれば前借人の電話番号で登録されていて、そのための不具合とか。いままで6ヶ月近くもうまくいっていたのですがというと、それの方がおかしかった、とよく分からない説明をされるが、まあ、つながればよし)

(3)ベッド壊れる

もともと古い家でもアリ、備え付けのベッドの、が横から見てVの字型に曲がっていた。つまり寝ると、腰が沈み込んでしまい、翌朝激しく腰が痛い。このため、不動産屋にいったところ、買い換えてもよくそのカネは大家が負担するとのこと。やむをえないので、体調不良の中IKEAモンペリエ店を訪問し、ベッドを購入。2つ壊れているので、2つとも不動産屋立会いの下検分してもらっていたのだが、買う前に念のため購入予定金額を電話で伝えると、「あれ?一つじゃないの?」という。
いや、実際一緒に見て2つとも買い換えようって話だったよね、水道工事(後述)にしても、このベッドの件も3回督促するまで1ヶ月以上放置されてたんですけど、あんたどんだけ記憶力ないんですか。と小一時間問い詰めたかったが、息苦しいのでやめた。

配達を頼んだが、このベッド組立式であり、総重量100KG。日本式でいう2階の我が家に運ぶのは客の仕事らしく、建物の外から(本当に)死にそうになりながら担いであがる。本当に死ぬかと思った。6時間の大工仕事を完遂。

(4)水道管水漏れによる追加的料金請求(300ユーロ)

以前から水漏れがしていると不動産屋にいっていたのだが、放置されていた。彼が言うには、水道料金は大家もちなので問題ないという。3回確認したが毎度同じことを言うので、まあそれならしょうがないかと思っていたのだが、ある日電話がかかってきていわく、

「水道料金の追加請求が着たから支払いに来て」


ええ?
あーたね、水道料金は大家もちっていってませんでした?

不動産屋(以下「ニコ」という。)
うんそうなんだけど、使いすぎた分は借主の負担なんだ。


えええ?
聞いてないんだけど。まじで?いくら?


ニコ
300ユーロ。

ええええ?高いけど・・・仕方ないか。でも早く水道工事お願いしたい。

ニコ
了解。いま電話するわ。


ええ、できるならもっと早くやってくれよ。


といった感じです。
とりあえずこのくらいで勘弁してほしいところです。

2009年11月1日日曜日

こんな第2の人生

矢倉さんという方の留学体験談を拝見いたしました。
科学研究者としての職業人生を終えられた後、第2の人生としてフランス留学。留学前にC2を取得されていることに驚嘆するとともに、留学後それでも困難を感じていらっしゃったとのことですが・・・私の語学力で難渋するのは当然ということになりましょう。

仕事を終えるにあたって、自分の脳内で使用されていた分野が限られていたこと、哲学をやるにあたってフランスがもっともふさわしい場所だと現地で「感じた」こと、の部分に共感を覚えます。
さらに、アメリカでの研究生活経験と異なり、功利主義的見方でない観点を与えてくれるフランス留学についての有意義性についても、まるで自分が書いたことのような印象でした。

世代が違っても同一の対象について同一の感覚を抱きうるという体験ができました。
また、私の第2の人生でも、こんな新鮮で頑張れる分野を見つけられるように頑張って生きたいと思います。